父との対話
「学ぶ」こととは 芳瞠宣州
「技」を得るための学びとは、「知識」を得るための学びと、また違った難しさが有ると思う。
今日、ものを教える立場の者として、"手を上げたり" "罵声をあびせたり"すると、まず社会問題となってしまうが、私達の修業時代、父は私に手こそ上げなかったが、父が手にしていた扇子が何度、私に目掛けて飛んできたことか。又「下手だ!下手だ!」という言葉は日常茶飯事であったことが今でも、私の頭の内に残っている…。
芝居好きで、役者になりたくて慶應の高校時代から、芝居好きの者が集まって芝居を上演したり、民芸、俳優座、文学座、新協劇団等当時の有名な新劇の劇団の芝居を見て歩いていた私が、大学時代それも卒業の年に、たまたま父の舞台を見る機会が有り、出し物はたしか「流星」であったと思うが、二階の片隅の席に座って父の踊りを見ていると、正に鳥肌の立つ感動を覚える。父の舞姿の体の流れの美しさ、そしてリズム感、更に人物一人一人の表現力の的確さ、私は感動をおぼえる中で、今舞台で踊っている父と同じ血が私の体の中にも流れている。この血を大事に育んで、後世に父の踊りを伝えることが、私の使命ではないかと感じ、この瞬間から大学を出たら、父の元で踊りの修業をする決心が沸き上がる。
「今、私のところには七人の内弟子がいるが、お前もお踊りの修業をするのなら、息子としての特別扱いはしないよ。これからは内弟子達と同じ様にすること。それにお前は大学を出て、少々学問が有るからそれを捨てること。朝起きたらまず自分を神棚に上げて、自我をなくし踊りに集中すること。これが出来ないと思ったら今すぐやめることだね。」と厳しい言葉が飛ぶ。
その日から毎日内弟子の修業が始まる。まず朝起きてすぐに二人ずつにわけて、一週間交代で座敷、庭、便所の掃除をする。私達の稽古はお稽古の人達が帰ってから全員でしてくれる。父は三回しか立って稽古を付けてくれない。翌日のおさらいで一人でも間違ったり、おぼえていないとその日は復習で稽古をしてくれない。また相撲好きだった父は、「横綱でも稽古の時に胸を借りて倒される稽古をする。これは自分の倒れる限界を知るためのものだから」と云って夜布団を積んで、ゆっくりと横倒しになる行為をさせられる。
その後三年程たって舞踊会の一番始めに踊らしてもらえる様になると、父がお弟子さんの会や、人様の会に出演する時は、決まって父のカバンを持って舞台袖で自分の踊りを見るように云う。始めの内はどうせ見るなら客席の正面で見る、と云っても許してくれない。しかたなくカバンを持ち、しかも立って見ていると目障りだといって怒るので、しかたなく座って見ていると、父が私に手品の種を明かすように、手や足や、物の持ち方などを私に見せてくれているのに気が付く。それからはこの世界だけに通じる芸を盗むことに没頭する。やがて代稽古をするようになると、食事時や、会の帰りの自動車の中で、芸談のような話しや、振りの分析、歌詞の意味等大事なことを話してくれる。
父が糖尿病で倒れ二回目の入院から帰ってきた時に、「明日からお前に三百番稽古をするよ。一年間で百番、三年続けるから、朝十時に隠居所に迎えに来て二時間程するから」と云う。三年で三百番。約三日で一番、私は驚異を感じるよりも恐怖を感じる。そして次の日から、生涯忘れることの出来ない三百番稽古が始まる。父は私に病をおかしながらも教えてくれました。三百番稽古が続き、三年目が終わりに近づいたある日「三つ面子守」を稽古している時に父は倒れ入院し、その後は寝つき、この世を去りました。 最近父に稽古を付けてもらっていないのに、夙川の先生から教えてもらったといっている人もいるらしいが、それはその人の良心に委ねることにして、私が父から教わって来たことを、息子や娘にそして門弟達にまた「おどり塾」の塾生達に教えることが出来、子供達がこの教えを次の世代に伝承して行くことによって、父の存在が後世まで受け継がれて行くことが出来る。私が父から教えてもらった日本舞踊はこんなにも面白いものなのだということを、多くの人にわかってもらうことが出来る。何事においても「学ぶ」ということは困難と苦痛を伴う。しかしそれを超越することによって、日本舞踊の色々な知識を得ることが出来、真の面白さを知ることが出来ると思う。伝統の良さ、そしてその中に含まれている芸術性、伝統芸能である日本舞踊を、今の人達に面白く見せるために、その本筋を崩してまでも現代的に、といった作品が見られる今日だが、伝統芸能を継承する者にとって、時代という流れの中で育まれて来た、作品の本当の姿を、次の時代の人々に伝えて行くことが、日本舞踊に携わる人間にとっての使命であると痛感する。
初代芳瞠宣州 「2013年プログラムより」
「父との対話」は芳瞠流舞踊会プログラムの中に書いて頂いております。
皆様よりホームページにも載せてほしいとのお声を頂きました。